2008-03-20
フリー・チベット1
ビルマに続き、チベットでも残念な事件が起きている。
世界中の他宗教国の著名人や人権擁護団体が声明をだし行動にでているのに、日本政府と日本の仏教関係者からはあまり声が聞こえてこない。
政府と財界は中国マネーに気を使い、仏教界は蚊帳の外なのであろうか?
島国根性ここに極まり いやはやなんとも釈然としないのは私だけであろうか。
賛否両論あるとは思いますが、公衆の面前であるTVでここまでの踏み込んだ発言を堂々とされている方もいます。是非ともご覧いただきたい。
私は15年ほど前に、シルクロードを旅してその後チベットを抜けてネパールへの陸路の旅をしたことがある。
暑い8月のことで、日本で言う終戦記念日、中国では勝戦開放記念日のころでした。北京の安宿にいた私は、日本人留学生に日本人は危険だからその頃はあまり外に出ません、政府もあらゆるメディアと組織を動員してキャンペーンを打つのでなめたらいけませんよ、と冗談まじりに警告されていた。
そのまま安宿にこもっているのももったいないので、モンゴルの夏祭りナーダムを見るという名目でその時期をモンゴルでやり過ごした経験がある。
その後、北京に戻り数日過ごしたが、まだ反日キャンペーンの余韻が残っていた。私の心の中に、在中日本人としての心苦しさ、そして後ろめたさが確固としてある事に驚いた。
列車を乗り継ぎながら西安に数日滞在したのち西方ウイグル自治区へ向かった。社会の体制は中国そのものでありながら漢民族のそれとは明らかに異なる人と文化がそこには根付いていた。イスラムの教えに基づき、漢民族の支配下の中でシルクロードのオアシス都市に住む人々。
仲良くなった青年が家に招いてくれた。
しかし、最初は異教徒の私は家の中に入れてもらえず青年と父親とおじいちゃん(長老)の間で話し合いがもたれた。決着案は、異教徒だが日本人は特別だということで庭での夕食に招かれることになった。なぜ日本人は特別なのかを後で知ることとなる。
夕食まで時間があったので青年が砂風呂に連れて行ってくれた。青年が風呂番と交渉し料金も取られず1時間でフラフラになるほど汗をかいた。日本では体験したことが無いほどの乾燥した空気と大地。リヤカーを引いているお爺さんから買ったスイカが今でも忘れられない。縞模様がまったく無い、素朴な品種改良がされていないスイカ。青年は見事なナイフ捌きでスイカを切り分けた。
ウイグル族の男は成人すると皆ナイフをもっている。剣や柄の形、装飾の違いで部族がわかり、それを彼らは誇りとしている。日本人は誇りにして持ち歩いているものってあるだろうか、無いのは俺だけかなーなどと考えていると、青年はニヤリと悪戯な笑みをうかべた。
周りの人間に日本から来たオレの友達の“KARATE MAN”がいる、と言い出した。空手なんてやったこともない私だが、10人以上集まってしまい、スイカを空手チョップで割るはめになった。やってみると意外と割れるものである、少し空手の型を入れてから大げさに気合を入れて割るととても喜んでくれた。面白がった見物人が次から次とスイカを購入し持ってくるので全部で8個割った。
帰り道で青年が私に礼を言い、言葉を続けた。
あの爺さんは家族がいない、昔からリヤカーで野菜や果物を移動しながら売っている。子供の頃にタダで干しぶどうやスイカを何度も食べさせてくれた、この時間であれだけスイカが残っていたら可哀想だし重いでしょ、と言って慈悲深い表情をみせた。
この青年がどこまで考えていたかは知らないが、食べるだけではそんなに売れないし、お爺さんのプライドも傷つけない最善の恩返しの仕方をしたのではないだろうか。
続く
世界中の他宗教国の著名人や人権擁護団体が声明をだし行動にでているのに、日本政府と日本の仏教関係者からはあまり声が聞こえてこない。
政府と財界は中国マネーに気を使い、仏教界は蚊帳の外なのであろうか?
島国根性ここに極まり いやはやなんとも釈然としないのは私だけであろうか。
賛否両論あるとは思いますが、公衆の面前であるTVでここまでの踏み込んだ発言を堂々とされている方もいます。是非ともご覧いただきたい。
私は15年ほど前に、シルクロードを旅してその後チベットを抜けてネパールへの陸路の旅をしたことがある。
暑い8月のことで、日本で言う終戦記念日、中国では勝戦開放記念日のころでした。北京の安宿にいた私は、日本人留学生に日本人は危険だからその頃はあまり外に出ません、政府もあらゆるメディアと組織を動員してキャンペーンを打つのでなめたらいけませんよ、と冗談まじりに警告されていた。
そのまま安宿にこもっているのももったいないので、モンゴルの夏祭りナーダムを見るという名目でその時期をモンゴルでやり過ごした経験がある。
その後、北京に戻り数日過ごしたが、まだ反日キャンペーンの余韻が残っていた。私の心の中に、在中日本人としての心苦しさ、そして後ろめたさが確固としてある事に驚いた。
列車を乗り継ぎながら西安に数日滞在したのち西方ウイグル自治区へ向かった。社会の体制は中国そのものでありながら漢民族のそれとは明らかに異なる人と文化がそこには根付いていた。イスラムの教えに基づき、漢民族の支配下の中でシルクロードのオアシス都市に住む人々。
仲良くなった青年が家に招いてくれた。
しかし、最初は異教徒の私は家の中に入れてもらえず青年と父親とおじいちゃん(長老)の間で話し合いがもたれた。決着案は、異教徒だが日本人は特別だということで庭での夕食に招かれることになった。なぜ日本人は特別なのかを後で知ることとなる。
夕食まで時間があったので青年が砂風呂に連れて行ってくれた。青年が風呂番と交渉し料金も取られず1時間でフラフラになるほど汗をかいた。日本では体験したことが無いほどの乾燥した空気と大地。リヤカーを引いているお爺さんから買ったスイカが今でも忘れられない。縞模様がまったく無い、素朴な品種改良がされていないスイカ。青年は見事なナイフ捌きでスイカを切り分けた。
ウイグル族の男は成人すると皆ナイフをもっている。剣や柄の形、装飾の違いで部族がわかり、それを彼らは誇りとしている。日本人は誇りにして持ち歩いているものってあるだろうか、無いのは俺だけかなーなどと考えていると、青年はニヤリと悪戯な笑みをうかべた。
周りの人間に日本から来たオレの友達の“KARATE MAN”がいる、と言い出した。空手なんてやったこともない私だが、10人以上集まってしまい、スイカを空手チョップで割るはめになった。やってみると意外と割れるものである、少し空手の型を入れてから大げさに気合を入れて割るととても喜んでくれた。面白がった見物人が次から次とスイカを購入し持ってくるので全部で8個割った。
帰り道で青年が私に礼を言い、言葉を続けた。
あの爺さんは家族がいない、昔からリヤカーで野菜や果物を移動しながら売っている。子供の頃にタダで干しぶどうやスイカを何度も食べさせてくれた、この時間であれだけスイカが残っていたら可哀想だし重いでしょ、と言って慈悲深い表情をみせた。
この青年がどこまで考えていたかは知らないが、食べるだけではそんなに売れないし、お爺さんのプライドも傷つけない最善の恩返しの仕方をしたのではないだろうか。
続く
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